新オフィスを創る:石井一東インタビュー
01 この場所、この企業でしかできない空間を
S2 らしさを具現化するデザイナーの存在を抜きに、今回のオフィス移転プロジェクトは語れません。
ここでは、新オフィス全体のデザインを担った株式会社 ambos の石井 一東(いしい かずはる)さんに、本プロジェクトへの想いや取り組みについて伺いました。
<プロフィール>
●石井一東
1987年生まれ。名古屋大学工学部を卒業後、建築設計事務所勤務を経て、名城大学理工学研究科建築学専攻修士課程を修了。2015年よりコクヨ株式会社勤務。2020年 ambos 設立。2022年 株式会社 ambos 設立。
02 設計のコンセプトは「テーラードファクトリー」
―― リニューアル前の物件を内見した際の印象はいかがでしたか?
石井
開口部が広いことや日当たりが良いことに加え、室内の動線が緩やかな曲線となること、ほかにもブロックガラスや障子といったグリッドが至るところにあしらわれていることが印象的でした。
このビルを手掛けた建築家によってしつらえられたギャラリーのような空間でしたので、この雰囲気を活かしながら最小限の手数を加えるだけで、いいオフィスになるだろうと思いました。
―― デザインのコンセプトについて教えてください。
石井
私が大切にしているのは「その企業にしか作れない空間にする」ことです。
今回は、S2ファクトリーが掲げるミッション「らしさを仕立てる」から「企業や人の課題に対し、最適なアプローチを導き出すデジタル領域における経験豊富なスペシャリスト集団」=「テーラード(仕立屋)」と連想していき、コンセプトは「テーラードファクトリー」に。
仕立てられた心地のいいファクトリーをイメージし、新たに内装を作り込むのではなく、エリアごとの良さを引き立たせるという方向性でデザインを進めました。
―― それぞれのエリアの特徴についてお話しいただけますか。
石井
玄関からのアプローチとなる曲面壁には、アーティスト MAHK さんによるウォールアートが描かれたことで、自然と視線や身体が内部へと誘われます。
続く来客エリアは、黒を基調とし彩度を抑えた空間です。その中心には緩やかなカーブを描いた脚と薄い天板を組み合わせたテーブルを設置。来訪者とゆっくり対話のできる場となっています。
ここには、社員の皆さんが自己紹介代わりとなる一冊を、書店 LIEB BOOKS さんに選んでもらい、作り付けの書棚に並べています。
執務エリアには、緑豊かな庭を望めるようデスクを窓側に寄せる一方で、背後が気にならないよう吸音パネル素材のシステムパーティションをリズム良く配置しました。作業スペースと動線を分けたことで、ブース席のように落ち着いて仕事ができます。ちなみに、このパーティションは過去に私がデザインした製品です。
―― S2 ファクトリーからは「部屋ごとに雰囲気を変えたい」という思いを共有しました。
石井
はい。乱雑な印象にならないよう、色調や素材のトーンを少しずつ変えていくことで独立性と連続性のバランスに配慮しています。
また、各部屋にアイコンとなるような造作家具を置くことで特徴づけをはかっています。もともと床に据え付けられていた空調にはオリジナルのカバーをかけ、一見すると家具が置かれているに見えるようにしました。カバーをかけるだけなら原状回復にも影響しませんので。
―― 2 階には休憩スペースとなる和室も設けたそうですね。
石井
はい。床を上げ、あえて黒色の畳を用いることで、他のエリアと同じモノトーンを基調にしました。伝統的な和室にするのではなく、オフィス全体から見ても違和感のない親和性のある空間にしたいと思いました。
03 デザイナーとしての腕が試される、やりがいのあるプロジェクト。
―― 元来この建物は住居だったようですが、仕事を進める上で支障はありませんでしたか?
石井
もともと使われていた天井ボードの素材がオフィス用ではなかったので、音の反響が少し気になりました。そのあたりは、張りぐるみの家具や植栽などを配置することで軽減しています。
あとは電気関係の配線です。一般的なオフィスビルのようには床が上がっておらず、カーペットをはがすとコンクリートスラブという状態。床下に配線スペースを取ることができず、昇降デスクを制作・設置する際は配線ルートに苦戦しました。
―― 昇降デスクといえば本プロジェクトの目玉アイテムでしたね。
石井
S2ファクトリーの皆さんからいただいたのは「昇降デスクには見えないが、昇降デスクとしてしっかり機能するデザイン」というやや難しいオーダーでした(笑)。
デスクの脚に配線を通せばすっきりした見た目にはなりますが、配線が上下できるスペースがないと昇降動作に影響します。その最適なバランスを見つけるために、実際に家具を制作する株式会社 DaLa 木工さんとともに CG とリアル、両方でのテストを何百回と繰り返しました。デスクの昇降に関わらず配線が外から見えない形にたどり着けたのは、この粘りの賜物です。
皆さんにもご満足いただけたようで正直ホッとしました。私としても、今回のプロジェクトの中でいちばん印象的な仕事のひとつです。
―― プロジェクト全体を振り返ってみて、石井さんの感想を聞かせてください。
石井
S2 ファクトリーさんからの要望のひとつに「デザインをしている会社であることがわかるデザインにしたい」とありました。実際に私がやり取りをさせてもらった社員の皆さんはデザインへの理解度が高く、家具やインテリアへの造詣も深い。デザイナーとしての腕を試される緊張感のある仕事でした。
建物が持っている魅力を損なうことなく、社員さんはもちろん、外部から訪れた方にも「S2 ファクトリーらしさ」を感じてもらえる空間にできたと自負しています。